2006/03/06

新聞寄稿(子どもに教わったこと)

地元の新聞に付きに1回寄稿しています。
3月の寄稿文です。

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「人は一人では決して生きてはいけない」
これは娘に教わったこと。正確には子育てをしていて教わったこと。

若いころは一人で生きていける、誰の助けも借りずに一人で生きてみせると思っていました。親に反対された結婚。その末にシングルマザーになったからよけいかもしれません。絶対誰の力も借りるもんかと一人で踏ん張っていました。

でも、そんな私は友達に助けられることばかり。
仕事をして、子育てをして父親役も母親役も一人でするのは子どもに負担が多すぎるのです。

子どもを見てくれるようなご近所付き合いがなくなったと嘆くお母さんたち、自分からお願いできないでしょうかと頼んだことがありますか?相手から言ってくれるのを待ってばかりいませんか?

子どものためにと思うなら、お願いできませんか、手を貸してもらえませんかって自分から言えるでしょう。そのひと言は、あなたが助かるのではないのです。周りの人を頼ることで、子どもが助かるのです。

母は強し!
でも、元から強いわけではないのです。子どもを守りたいと思う一心から自然と強くなるのです。

人は一人では生きてはいけない。誰かに助けられて、そのお返しを誰かにしてあげて、その繰り返し。そして、それが子どもの元へ幸せとなって帰ってくる。必ず帰ってきます。

それを教えてくれたのは、かけがえのない私の娘。

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2006/02/12

新聞寄稿(親とは不思議なもの)

毎月地元の新聞に寄稿しています。2月の寄稿文です

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高校1年の娘が入部していた吹奏楽部をやめた。入っていたころは、汽車通で帰りも遅い、行事のある前は始発で出なければいけないと、心配の連続でやめてくれればいいのにと何度も思ったものだった。

ところがいざやめてみると、本当にやめたくてやめたのか、それで納得しているのだろうかと心配になってくる。
忙しい部活で勉強する時間もなく、追試や補習も余儀なくされ、毎月のように体調を崩しリンパ節を腫らしては病院通い。それでも楽器を演奏するのが好きと、楽しそうにしていた我が娘。

それに引き替え、今は確かにゆったりとした時間を過ごしているし、勉強する時間も取れるようだけど、どこかさみしそうにしているような気がするのは気のせいか。

やめた理由は、顧問の先生と反りが合わないことや、高校はそれまでの小中学校と違い勉強しないと進級できないことを理解し、勉強もしなくてはと思ってのことで、本人なりに自分の状況をトータルに考えての決断のようだが…。

子どもが納得しているし、心配の種が一つなくなったのだから放っておけばいいものなのに、親とは不思議なものである。

「ばかを出せと言ったら親を出したとはよく言ったものだ」と、昔母が嘆いていたことを思い出す。あのころ母が幾つだったかは覚えていないが、私もきっと同じような年になったのだろう。

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2005/05/11

新聞掲載原稿<その1>

4月より、地元の新聞(日本海新聞)に月に1本ですが、執筆させていただいています。テーマは家庭や子供のこと。私のことだから、子供に関することが多くなると思います。新聞に掲載されたらここでご紹介しますね。(5月4日掲載分)

<携帯電話>
 我が家では高校1年生の娘に携帯電話を持たせています。子供に携帯電話を持たせる理由は家庭によってさまざまで、また持たせることについても賛否両論あります。でも、大事なのは持たせるべきかどうかなのでしょうか。もっと大事な、持たせてから大人が教えなければならないことがなおざりになっているのではないかと感じます。

 パソコンを家庭に置いている家は、子供が有害サイトに行かないようにとか、いろいろなリスクについて気をつけたりしていますが、携帯電話には何もリスクはないのでしょうか。
近年、携帯電話を使った悪質な詐欺などのリスクも手を変え品を変え起こっています。

 我が家では、私がパソコン講座の講師をしていることもあり、パソコン同様、携帯電話使用のリスクについては重々承知していますので、娘にはきちんと教えてきました。それにもかかわらず先日、ワンクリック登録詐欺に遭遇してしまいました。
私に言うと怒られるので、自分で何とかしようと思ったができず主人に相談したようで、主人から私に話が伝わり結局は雷を落とされる羽目となりましたが、無事に解決しました。

 子供にそんな危ないものを持たせなければいいという意見もあると思いますが、大人でも引っかかる巧妙な詐欺の手口。年だけが大人になったからと言って、誰しも解決策がわかるわけではありません。

 子供時代は自分で責任持って生きていける大人になる訓練の時期。いつか羽ばたく日のために、経験を積ませながらそばにいる大人(親)がきちんと教えてやらねばならないのではないでしょうか。

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2005/01/30

働く派?働かない派?

女性の社会進出がめざましく、行政も社会参画を支援している世の中。まるで働かない女性が怠け者で悪いという印象さえ受けることがある。これは、女性の職業として「主婦業」というのが相変わらず認知されていないということの現れではないかと思う。

保険のセールスが、保険金を算出するときに主婦の家事労働を賃金化し、「奥さんに万が一のことがあった場合、家政婦を雇うと毎月これだけ必要ですよ」という金額は30万以上。なのに、ちゃんとした職業として認められない要因はどこにあるのだろう。

以前にテレビ番組で取りあげられた会社は、男性が外で仕事に集中できるようにするために家庭を守る専業主婦への手当として、家族手当を5万円支給していた。テレビに取材された建前かもしれないが、「奥さんが家を守ってくれるからこそ、夫が安心して企業に貢献できるから」ということだった。

子どもを預けて働くと、例え正社員でも手取りから保育料などを差し引けば実質家計に入ってくる額は、この会社が出している家族手当とあまり変わらない。子どもと24時間関わる精神的ストレスや、社会から隔離されているという精神的ストレスはなくなるかもしれないが、外で働く道を選んでもまた別の精神的ストレスが発生する。

そう考えれば、働く派も働かない派もどっちもどっちで楽ではない。そこで重要なのは、今自分がどうしたいかではないだろうか。子どもの今を見つめていたいのか、それとも今の自分を受け入れてくれる社会に出て、今の自分を大事にするのか。母である前に一人の人間なのだから自分の人生どちらを選んでもいいと思う。自分さえ納得できれば。大事なのは自分の気持ち……。あなたは働く派?働かない派?

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2005/01/28

沖縄人に学ぶ

深夜の歌番組を見てふと思った。
沖縄人のうたう歌はどうしてほかの人と一味違うし、心に響くんだろうと。

彼らは、日本国土の中ではある種の異邦人的存在にいるわけで
彼ら自身も違う自分たちを認めている。

でも、それは決してそんな自分たちを嫌がるのではなく、そんな自分たちが好きなのだ。
自分が好きだから自分のすることに胸を張って堂々としていられる。

そして、自分のしたことが結果となって表れたときにそれが自信となって次のステップを踏み出せる。それは時として思わぬ力を発揮する。そして、思いも寄らぬスピードで自分を成長させる。

良い循環は次の良い循環を生む。

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2005/01/07

頑張るためのエネルギー

無理をするのが頑張っている証じゃないと思う。
終わったときに充実感の残ることが頑張った証だと思う。

だから、人と比べる必要なんかない。
充実感の「はかり」は人それぞれ違うのだから。

やり終えたとき、区切りがついたとき、自分が精一杯生きたと自分を褒めることができればそれでいい。
誰に何と言われようと自分が自分を褒めてやれればそれでいい。
自分のこと認めてあげなきゃ、人のことを認めてあげることなんかきっとできない。

目標のハードルがちょっと高かったら、ちょっと下げてやればいい。
ちょっと下げたハードルを越えることができたら、きっと次は目標のハードルを越えられるようになるから。
自信は次に頑張るための大事なエネルギー。

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2005/01/03

ふつう

ふつうであることの素晴らしさ。
ふつうの良さ。
ふつうの大事さ。
ふつうであることの難しさ。

何気なく過ごしているふつうが、どれほどありがたいものか
気が付いている人は少ない。
ふつうであるほど「幸せ」なのに。

毎日を忙しく過ごしていると、一番忘れてしまうのは自分かなぁ。
今日もふつうな一日であったことに感謝する気持ちを心の片隅にいつも置いていたい。
ふとしたときに思い出せるように……。

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